天声人語から

 活字離れやネットに押されて苦境が続く書店で、「本との出会い」を演出する試みが盛んだそうだ。
 東京の紀伊国屋新宿本店の小さな催事では、小説の作者と題名を伏せて、書き出しの一文のフィーりングで文庫本を買ってもらう、面白い試みが評判を呼んでいる。書き出しだけを印刷したカバーで本をくるみ固くラッピングしてあるから、買って開けるまで中身は分からない。棚にはとりどり100冊が並ぶ。
 偶然手にした1冊で人生が変わることもあろう。
  <真砂なす数なき星の其の中に吾に向ひて光る星あり> 子規
 こぼれんばかりの書棚を眺めれば、自分を呼ぶ一冊があるような気がする。閃く一瞬を見逃すなかれ。    (8月27日 朝日新聞朝刊より)